ノンフィクション
生命(いのち)の輝き
肝臓移植に生かされて
ISBN
978-4-8150-1205-2
発売日
2019年6月20日
ページ数
80ページ
出版社
デザインエッグ
内容紹介
生まれてまもなくに熱湯でやけどを負い、大手術の末一命は取り留めるも、その際の輸血でC型肝炎ウイルスに感染する。そしてはるか後の30歳のときに人間ドックの検査で慢性肝炎に発症していることが判明する。そこから仕事と肝炎治療の困難な戦いが始まる。中国貿易を専門に行う商社に就職して、営業部門に所属する。日本のメーカーのお客さんを連れて中国に頻繁に出張し商談をする毎日。あるいは北京、上海での現地事務所に駐在し、中国の取引先との折衝を行う。国内海外と毎日走りまわるような忙しさ。それでも仕事は楽しくて、肝炎の病気を抱えていることも忘れるほど充実した年月を送っていた。
だが、肝臓はおとなしくはしていなかった。沈黙の臓器と言われ、叩かれても蹴っ飛ばされてもじっと我慢の肝臓が年月とともに少しずつ悲鳴を上げるようになっていった。慢性肝炎から肝硬変へと徐々に悪化していき、45歳のときにとうとう仕事を続けられなくなってしまった。それまで年に一回の入院治療が、二回になり三回になりとなっていき、そのうち入院している時間の方が、仕事をしている時間より長くなっていった。
そして運命の時を迎える。それは48歳の誕生日が過ぎてまもなくの日だった。家族親族が主治医に呼ばれ、余命三カ月を宣告されたのだった。
そこから妻の闘いが始まった。いのちを救うには肝臓移植しかないことを知り、それの実現に奔走し始めるのだった。当時日本ではまだ臓器移植の法規が定まっておらず、臓器移植を行うには海外(アメリカ、フランス、オーストラリアなど)の病院へ行かねばならず、それも多額の費用がかかり、その上臓器を提供してくれるドナーがうまく見つかるかも保障できない、二重にも三重にも難しい選択である。
それに妻は果敢に挑戦した。アメリカの友人を頼って病院探しを始め、一方で資金集めに駆けずり回る。そして遂にアメリカのスタンフォード大学病院で肝臓移植手術を受けることになる。
肝臓移植手術は成功を収め、新しい肝臓が身体の中で一人の生命の営みを開始し始めたのだ。健康を取り戻した一個の人間は再び新しい挑戦を開始する。
肝臓移植から24年が経過した今、自分の得意とする領域で、日本の社会に、中国に、そして世界に、少しでも貢献できるように努めていきたいと願っている。
だが、肝臓はおとなしくはしていなかった。沈黙の臓器と言われ、叩かれても蹴っ飛ばされてもじっと我慢の肝臓が年月とともに少しずつ悲鳴を上げるようになっていった。慢性肝炎から肝硬変へと徐々に悪化していき、45歳のときにとうとう仕事を続けられなくなってしまった。それまで年に一回の入院治療が、二回になり三回になりとなっていき、そのうち入院している時間の方が、仕事をしている時間より長くなっていった。
そして運命の時を迎える。それは48歳の誕生日が過ぎてまもなくの日だった。家族親族が主治医に呼ばれ、余命三カ月を宣告されたのだった。
そこから妻の闘いが始まった。いのちを救うには肝臓移植しかないことを知り、それの実現に奔走し始めるのだった。当時日本ではまだ臓器移植の法規が定まっておらず、臓器移植を行うには海外(アメリカ、フランス、オーストラリアなど)の病院へ行かねばならず、それも多額の費用がかかり、その上臓器を提供してくれるドナーがうまく見つかるかも保障できない、二重にも三重にも難しい選択である。
それに妻は果敢に挑戦した。アメリカの友人を頼って病院探しを始め、一方で資金集めに駆けずり回る。そして遂にアメリカのスタンフォード大学病院で肝臓移植手術を受けることになる。
肝臓移植手術は成功を収め、新しい肝臓が身体の中で一人の生命の営みを開始し始めたのだ。健康を取り戻した一個の人間は再び新しい挑戦を開始する。
肝臓移植から24年が経過した今、自分の得意とする領域で、日本の社会に、中国に、そして世界に、少しでも貢献できるように努めていきたいと願っている。
著者紹介
中国侵略戦争で日本が無条件降伏した後も、現地に残留した3000人の兵士の一人である日本人の3男坊として、1947年中国山西省太原で生まれる。その年太原から北京を経て天津に移動し、天津から引揚げ船に乗って日本に帰還する。
そして東京渋谷の木造の小さな一軒家に一家5人居を構える。それから程なくして自宅の台所で熱湯を浴びて大やけどを負う。幸い死は免れるものの手と首にやけどの跡が大きく残る。このやけどの傷は小学生から中学生になる多感な思春期の精神状態に多大の影響を及ぼした。自分の外見に対する劣等感で精神のバランスが危うくなっていった。思えば思うほど苦悩が増していき、とうとう自殺までも考えるに至るのであった。
そんな時両親から、中学を卒業したら一年間休学してやけどの植皮手術をもう一度やると告げられる。それも当時では相当の権威である東京大学の形成外科の教授が執刀してくれるという。
手術が終わって数週間後病院に呼ばれて、包帯とギブスを外すという。教授が鏡を持ってきて私に「みてごらん、きれいになったよ」というので、恐る恐る鏡に映る自分の首を見る。
その日から自分の人生は大きく変わって行った。なぜか(これでもう誰にも負けない)そんな言葉が口をついて出てきたのであった。
高校を卒業し、この先どの方向へ自分の人生を進めていくかというとき、大学という選択肢は大きくならず、語学それも英語ではなく中国語を手に入れたいと思い、中国語、中国文化を学べる専門学校へ進学した。折しも70年安保反対闘争の広がるなかで、社会を変革し新しい未来を切り開く意志で、積極的に学生運動に身を投じる。だが1969年には労働者を巻き込めない学生運動は衰退し挫折を味わう。
挫折を味わうと同時に日本に対する絶望感もあって、異国に行って日本を外から見直すつもりで、アジア無銭旅行を企てる。一年間あてどなく流れるままに香港、台湾、タイ、マレーシア、シンガポール、インド、ネパールと旅する。
そして再び日本での生活が始まる。中国貿易の専門商社(当時は友好商社と呼ばれていた)に就職し、中国への出張、北京、上海事務所での数年の駐在員生活など超多忙の日々が続く。その中で30歳の時人間ドックでC型慢性肝炎の発症が判明、そこから長い長い肝臓との闘いが始まる。
超多忙の仕事は、沈黙の臓器といわれる肝臓も悲鳴をあげ、慢性肝炎から肝硬変、そして肝がんへと進み、48歳の時主治医から「余命3カ月」を宣告される。いのちを取り戻すには肝臓移植、つまり他人の肝臓をもらって自分の悪い肝臓と交換すること、しかないとわかり、妻の助けを借りて肝臓移植実現に向けて動き始める。
そして余命3カ月の宣告から2ヶ月後アメリカのスタンフォード大学病院で肝臓移植手術を受け成功裏にいのちを蘇らせる。
それから数えて今年で24年、すばらしい幸運に恵まれて健康な毎日を送っている。これからも自分の能力の及ぶ限り、よりよい社会をめざして、社会改革の仕事をやって行く所存である。
そして東京渋谷の木造の小さな一軒家に一家5人居を構える。それから程なくして自宅の台所で熱湯を浴びて大やけどを負う。幸い死は免れるものの手と首にやけどの跡が大きく残る。このやけどの傷は小学生から中学生になる多感な思春期の精神状態に多大の影響を及ぼした。自分の外見に対する劣等感で精神のバランスが危うくなっていった。思えば思うほど苦悩が増していき、とうとう自殺までも考えるに至るのであった。
そんな時両親から、中学を卒業したら一年間休学してやけどの植皮手術をもう一度やると告げられる。それも当時では相当の権威である東京大学の形成外科の教授が執刀してくれるという。
手術が終わって数週間後病院に呼ばれて、包帯とギブスを外すという。教授が鏡を持ってきて私に「みてごらん、きれいになったよ」というので、恐る恐る鏡に映る自分の首を見る。
その日から自分の人生は大きく変わって行った。なぜか(これでもう誰にも負けない)そんな言葉が口をついて出てきたのであった。
高校を卒業し、この先どの方向へ自分の人生を進めていくかというとき、大学という選択肢は大きくならず、語学それも英語ではなく中国語を手に入れたいと思い、中国語、中国文化を学べる専門学校へ進学した。折しも70年安保反対闘争の広がるなかで、社会を変革し新しい未来を切り開く意志で、積極的に学生運動に身を投じる。だが1969年には労働者を巻き込めない学生運動は衰退し挫折を味わう。
挫折を味わうと同時に日本に対する絶望感もあって、異国に行って日本を外から見直すつもりで、アジア無銭旅行を企てる。一年間あてどなく流れるままに香港、台湾、タイ、マレーシア、シンガポール、インド、ネパールと旅する。
そして再び日本での生活が始まる。中国貿易の専門商社(当時は友好商社と呼ばれていた)に就職し、中国への出張、北京、上海事務所での数年の駐在員生活など超多忙の日々が続く。その中で30歳の時人間ドックでC型慢性肝炎の発症が判明、そこから長い長い肝臓との闘いが始まる。
超多忙の仕事は、沈黙の臓器といわれる肝臓も悲鳴をあげ、慢性肝炎から肝硬変、そして肝がんへと進み、48歳の時主治医から「余命3カ月」を宣告される。いのちを取り戻すには肝臓移植、つまり他人の肝臓をもらって自分の悪い肝臓と交換すること、しかないとわかり、妻の助けを借りて肝臓移植実現に向けて動き始める。
そして余命3カ月の宣告から2ヶ月後アメリカのスタンフォード大学病院で肝臓移植手術を受け成功裏にいのちを蘇らせる。
それから数えて今年で24年、すばらしい幸運に恵まれて健康な毎日を送っている。これからも自分の能力の及ぶ限り、よりよい社会をめざして、社会改革の仕事をやって行く所存である。
目次
- 00 はじめに
- 01 運命のはじまり
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