昭和・平成
「言論の自由」は本当に「ちゃんとあった」のか(五)
桐生悠々『他山の石』と浜田国松「腹切り問答」
ISBN
978-4-8150-2372-0
発売日
2020年12月7日
ページ数
80ページ
出版社
デザインエッグ
内容紹介
桐生悠々が斎藤隆夫を高く評価していたことは前書において指摘したが、『他山の石』には「浜田国松、ここに在り」という論考があり、浜田国松の第七〇帝国議会における寺内陸相との論戦に対して非常に高い評価を与えていることがわかる。また昭和12年という年が、如何なる年であったのか。悠々の論考に耳を傾けたい。
そして昭和11年末から昭和12年春にかけての第七〇議会は、軍部対政党の最後の戦いの場でもあった。大正デモクラシーの時代、二度にわたる憲政擁護運動を戦いぬいた浜田国松(68歳)尾崎行雄(78歳)この二人の「憲政の守護神」が、老骨を鞭打って軍部ファシズム勢力に最後の戦いを挑んだのがこの第七〇議会であった。五・一五事件と二・二六事件によってもたらされた非常事態が、いかに「憲政の常道」という議会政治のシステムに破壊作用を及ぼしたのか。第七〇議会における浜田国松の「腹切り問答」が如何なる歴史的な意味を持つものであるのか。そのことを解明するのが本書の目的である。
そして昭和11年末から昭和12年春にかけての第七〇議会は、軍部対政党の最後の戦いの場でもあった。大正デモクラシーの時代、二度にわたる憲政擁護運動を戦いぬいた浜田国松(68歳)尾崎行雄(78歳)この二人の「憲政の守護神」が、老骨を鞭打って軍部ファシズム勢力に最後の戦いを挑んだのがこの第七〇議会であった。五・一五事件と二・二六事件によってもたらされた非常事態が、いかに「憲政の常道」という議会政治のシステムに破壊作用を及ぼしたのか。第七〇議会における浜田国松の「腹切り問答」が如何なる歴史的な意味を持つものであるのか。そのことを解明するのが本書の目的である。
著者紹介
近現代史学習資料刊行会・代表
目次
- 00 はじめに
- 01 第七部、勇気あるジャーナリスト・桐生悠々Ⅱ
- 02 ・勇気あるジャーナリスト・桐生悠々「寺内陸相の東京事件報告」
- 03 ・勇気あるジャーナリスト・桐生悠々「反省の必要」
- 04 ・勇気あるジャーナリスト・桐生悠々「不安なる昭和十二年」
- 05 ・勇気あるジャーナリスト・桐生悠々「国防充実と国民生活の安定」
- 06 ・勇気あるジャーナリスト・桐生悠々「浜田国松、ここに在り」
- 07 第八部 勇気ある議会政治家、浜田国松(立憲政友会)
- 08 ・第七〇帝国議会、勇気ある議会政治家、浜田国松「腹切り問答」(一)
- 09 ・第七〇帝国議会、勇気ある議会政治家、浜田国松「腹切り問答」(二)
- 10 ・第七〇帝国議会、勇気ある議会政治家、浜田国松「腹切り問答」(三)
- 11 【付録資料】〈斎藤隆夫による浜田国松への追悼文〉
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