結婚
結婚記第一巻・始動
ISBN
978-4-8150-1450-6
発売日
2019年10月30日
ページ数
80ページ
出版社
デザインエッグ
内容紹介
「結婚記について」
私が、我が家の歴史を書こうと思い立ったのは昭和53年11月17日、私たちの11回目の結婚記念日だった。家族の歴史を書きたいと強く思った瞬間、「結婚記」という題名がパッとごく自然に頭に浮かんできた。3日後、私は下書きを始めた。当時主人は40才、私は37才。10才の長女を始め5人の子供。末っ子の三女はやっと3才の誕生日を迎えたところだ。
子供たちが成長したある日、主人が私に言った「子供たちが理想通りに成長したので、もう俺の言うことは何にもなくなっちゃったよ」。そして彼は嬉しそうに笑っていた。
我が家の理想は最初からこうだ。「家族一人一人が自分らしく輝きながらすくっと立っていて、お互いに輝いている者同志が相手を認め、尊重し、共感し合う親友になること。そしてそれが結果として家族なのだということ」だ。つまり家族が大の親友同志なのである。私は、彼の考え方には大いに共感している。
私が「結婚記」を書こうと決心した理由は、ひとえに子供や孫たちに、我が家の歴史を知ってもらいたいと思ったからだ。「結婚記」は、私たちの大切な宝物であり誇りである子供と孫への、私たちからのプレゼントである。子供たちは、生まれたときから家族として一緒に生活してきたので、たくさんの思い出を共有している。すばらしい感動や懐かしい思い出が、心にぎっしりと詰まっていることだろう。孫たちにとっては、「結婚記」を読むことで、自分の父や母が両親と共にどんな家庭生活を送っていたのか、どんな子供だったのかを知ることができるのは、きっとすごく興味深いことだろう。祖父母の私たちの考え方や人柄についても分かってもらえると思うと嬉しい。
幸せは、自分のまわりにいっぱいある。どんな小さなことでも、それを幸せと感じることができる自分がすごく幸せなのだ。と、私はいつも思っている。「結婚記」の中からそういう幸せを読みとってもらえたら、私たちはほんとうに嬉しい。ありがたき幸せである。
順亮、玉枝
私が、我が家の歴史を書こうと思い立ったのは昭和53年11月17日、私たちの11回目の結婚記念日だった。家族の歴史を書きたいと強く思った瞬間、「結婚記」という題名がパッとごく自然に頭に浮かんできた。3日後、私は下書きを始めた。当時主人は40才、私は37才。10才の長女を始め5人の子供。末っ子の三女はやっと3才の誕生日を迎えたところだ。
子供たちが成長したある日、主人が私に言った「子供たちが理想通りに成長したので、もう俺の言うことは何にもなくなっちゃったよ」。そして彼は嬉しそうに笑っていた。
我が家の理想は最初からこうだ。「家族一人一人が自分らしく輝きながらすくっと立っていて、お互いに輝いている者同志が相手を認め、尊重し、共感し合う親友になること。そしてそれが結果として家族なのだということ」だ。つまり家族が大の親友同志なのである。私は、彼の考え方には大いに共感している。
私が「結婚記」を書こうと決心した理由は、ひとえに子供や孫たちに、我が家の歴史を知ってもらいたいと思ったからだ。「結婚記」は、私たちの大切な宝物であり誇りである子供と孫への、私たちからのプレゼントである。子供たちは、生まれたときから家族として一緒に生活してきたので、たくさんの思い出を共有している。すばらしい感動や懐かしい思い出が、心にぎっしりと詰まっていることだろう。孫たちにとっては、「結婚記」を読むことで、自分の父や母が両親と共にどんな家庭生活を送っていたのか、どんな子供だったのかを知ることができるのは、きっとすごく興味深いことだろう。祖父母の私たちの考え方や人柄についても分かってもらえると思うと嬉しい。
幸せは、自分のまわりにいっぱいある。どんな小さなことでも、それを幸せと感じることができる自分がすごく幸せなのだ。と、私はいつも思っている。「結婚記」の中からそういう幸せを読みとってもらえたら、私たちはほんとうに嬉しい。ありがたき幸せである。
順亮、玉枝
著者紹介
「結婚記」の成り立ちについて
昭和53年3月末から4月初めにかけて、私は思いがけなくヨーロッパ旅行をした。それは主人がくれた結婚10周年のプレゼントであり、5人の子供たちが良く育ったことへの「ごほうび」だった。彼は言った。「我が家の基礎作りはほぼ完成した。第2段階に入る節目として、玉枝もぜひヨーロッパへ旅行し俺と同じ感動を味わってほしい。自分の目で確かめ感じたことを2人の共通の基盤として、これからの人生を突破したい。この旅行は若い今だからこそ必要だ。すべて俺が責任を持つ。その体験から得た広い視野とより豊かな気持ちで子供たちを育ててほしい」と。昭和46年6月、彼は建築士学会が企画した視察旅行で初めてヨーロッパを訪れた。そして帰国直後から約7年もの間、私のための計画と準備を、誰にも言わず着着と続けてくれていたのである。
生まれて初めて見た外国で、私は言葉に言い尽くせぬ感動を得た。彼の計画はまさに大成功だった。私の旅の成果を耳にしながら、彼は心から喜び会心の笑みを浮かべていた。
私はこの感動を与えてくれた主人とけなげに待っていてくれた幼い子供たちに、感謝の気持ちでいっぱいだった。すばらしい感動の数数を家族に伝え自分も忘れないために、私は感謝をこめて「旅行記」を書きたいと強く思った。主人はそんな私に大いに賛同し協力してくれた。さっそく私の机に彼の製図用のライトを取りつけ、私が筆を休めることができないときはお米を研ぎ、炊飯器のスイッチを入れ、夕飯を作ってくれたりもした。私の最高の理解者でありアドバイザーである彼は、私が相談すると、まわりくどい文章をあっという間に簡潔な表現にしてくれた。それは実に天才的な早業で、いつも私をびっくりさせた。清書が終わると彼は直ちにコピーし、製本屋を探して依頼してくれた。こうして完成した「旅行記」は、我が家の大切な宝物となったのだ。「旅行記」の完成は、次いで「結婚記」を書くきっかけとなった。主人がくれたすばらしい贈り物―ヨーロッパ旅行―、それが「旅行記」と「結婚記」を生む源泉となったのである。
私が「結婚記」を書き始めてからあしかけ41年、すでに主人は遠くへ旅立ち、今なお私は書いている。いつ頃からか、ふと気がつくと、これが私のライフワークであり大切な使命なのだと、心に深く刻まれていた。天から与えられたこの仕事を、私はとてもありがたく幸せなことだと思っている。昔から、私はいつも主人と一緒に書いている。そういう意識でいられることが、とても嬉しく幸せなことだと思う。そして私はほんとうに恵まれていると思う。主人は家族のために、何事も一生けんめい協力してくれた。彼は、常に我が家の卓越したリーダーであった。私にとって彼はすばらしい仲間であり、親友であり、恋人であった。彼の協力なしには、何も成しえなかったにちがいない。家族みんなの心の中に、永遠に生き続ける主人と共に、かけがえのない我が家の歴史を書く幸せ―私が愛してやまない主人と子供たちの、大きな力に支えられながら、今日も私は書いている。
令和元年9月27日
昭和53年3月末から4月初めにかけて、私は思いがけなくヨーロッパ旅行をした。それは主人がくれた結婚10周年のプレゼントであり、5人の子供たちが良く育ったことへの「ごほうび」だった。彼は言った。「我が家の基礎作りはほぼ完成した。第2段階に入る節目として、玉枝もぜひヨーロッパへ旅行し俺と同じ感動を味わってほしい。自分の目で確かめ感じたことを2人の共通の基盤として、これからの人生を突破したい。この旅行は若い今だからこそ必要だ。すべて俺が責任を持つ。その体験から得た広い視野とより豊かな気持ちで子供たちを育ててほしい」と。昭和46年6月、彼は建築士学会が企画した視察旅行で初めてヨーロッパを訪れた。そして帰国直後から約7年もの間、私のための計画と準備を、誰にも言わず着着と続けてくれていたのである。
生まれて初めて見た外国で、私は言葉に言い尽くせぬ感動を得た。彼の計画はまさに大成功だった。私の旅の成果を耳にしながら、彼は心から喜び会心の笑みを浮かべていた。
私はこの感動を与えてくれた主人とけなげに待っていてくれた幼い子供たちに、感謝の気持ちでいっぱいだった。すばらしい感動の数数を家族に伝え自分も忘れないために、私は感謝をこめて「旅行記」を書きたいと強く思った。主人はそんな私に大いに賛同し協力してくれた。さっそく私の机に彼の製図用のライトを取りつけ、私が筆を休めることができないときはお米を研ぎ、炊飯器のスイッチを入れ、夕飯を作ってくれたりもした。私の最高の理解者でありアドバイザーである彼は、私が相談すると、まわりくどい文章をあっという間に簡潔な表現にしてくれた。それは実に天才的な早業で、いつも私をびっくりさせた。清書が終わると彼は直ちにコピーし、製本屋を探して依頼してくれた。こうして完成した「旅行記」は、我が家の大切な宝物となったのだ。「旅行記」の完成は、次いで「結婚記」を書くきっかけとなった。主人がくれたすばらしい贈り物―ヨーロッパ旅行―、それが「旅行記」と「結婚記」を生む源泉となったのである。
私が「結婚記」を書き始めてからあしかけ41年、すでに主人は遠くへ旅立ち、今なお私は書いている。いつ頃からか、ふと気がつくと、これが私のライフワークであり大切な使命なのだと、心に深く刻まれていた。天から与えられたこの仕事を、私はとてもありがたく幸せなことだと思っている。昔から、私はいつも主人と一緒に書いている。そういう意識でいられることが、とても嬉しく幸せなことだと思う。そして私はほんとうに恵まれていると思う。主人は家族のために、何事も一生けんめい協力してくれた。彼は、常に我が家の卓越したリーダーであった。私にとって彼はすばらしい仲間であり、親友であり、恋人であった。彼の協力なしには、何も成しえなかったにちがいない。家族みんなの心の中に、永遠に生き続ける主人と共に、かけがえのない我が家の歴史を書く幸せ―私が愛してやまない主人と子供たちの、大きな力に支えられながら、今日も私は書いている。
令和元年9月27日
目次
- 01 まえがき
- 02 私の家族
- 03 第一部 出逢い1
- 04 第一部 出逢い2
- 05 第一部 出逢い3
- 06 第ニ部 生活1
- 07 第二部 生活2
- 08 第二部 生活3
- 09 第二部 生活4
- 10 第二部 生活5
- 11 第二部 生活6
- 12 第二部 生活7
- 13 第二部 生活8
- 14 第三部 自立への旅立ち
- 15 あとがき
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