昭和・平成
「言論の自由」は本当に「ちゃんとあった」のか(四)
桐生悠々『他山の石』と齋藤隆夫「粛軍演説」
ISBN
978-4-8150-2357-7
発売日
2020年12月7日
ページ数
80ページ
出版社
デザインエッグ
内容紹介
〈「言論の自由」は、本当に「ちゃんとあった」のか〉は、(一)(二)(三)で完結する予定でしたが、齋藤隆夫の昭和11年5月7日の「粛軍」演説を取り上げる上で、桐生悠々の評論も一緒に配置すると、よりいっそうの相乗効果が出ることを思いつき、第四集を編集してみようということになりました。また福岡日々新聞の菊竹六鼓と帝都日々新聞の野依秀市を紹介してきた流れから、信濃毎日新聞の桐生悠々の出番でもあるという認識もありました
桐生悠々のユニークさは、信濃毎日新聞を自主退社して、個人雑誌『他山の石』を発行して、頑張り通したところにあります。また、持ち前の英語力を駆使して、海外の文献の翻訳・紹介を続けた点で、その国際的な視野の広さにおいて、抜群のものがありました。当時、国際情勢について正確な分析をしていた人物としては、外交官出身の政治家・芦田均、外交評論家・清沢洌などがあげられますが、桐生悠々もこの三本の指に入る人物と言えます。
桐生悠々にしても齋藤隆夫にしても、単に「勇気ある人物」であっただけではなく、高度な知性を持ち合わせていた人物であることがわかります。また鈴木大拙のいう「自主性(勇)・人道性(仁)・世界性(知)」を兼ね備えていたということができます。「言論の自由」というテーマを探求する上では、やはりこの二人は不可欠な人物であると言えます。(令和二年二月)
桐生悠々のユニークさは、信濃毎日新聞を自主退社して、個人雑誌『他山の石』を発行して、頑張り通したところにあります。また、持ち前の英語力を駆使して、海外の文献の翻訳・紹介を続けた点で、その国際的な視野の広さにおいて、抜群のものがありました。当時、国際情勢について正確な分析をしていた人物としては、外交官出身の政治家・芦田均、外交評論家・清沢洌などがあげられますが、桐生悠々もこの三本の指に入る人物と言えます。
桐生悠々にしても齋藤隆夫にしても、単に「勇気ある人物」であっただけではなく、高度な知性を持ち合わせていた人物であることがわかります。また鈴木大拙のいう「自主性(勇)・人道性(仁)・世界性(知)」を兼ね備えていたということができます。「言論の自由」というテーマを探求する上では、やはりこの二人は不可欠な人物であると言えます。(令和二年二月)
著者紹介
近現代史学習資料刊行会・代表
目次
- 00 はじめに
- 01 第五部 勇気あるジャーナリスト・桐生悠々
- 02 ・勇気あるジャーナリスト・桐生悠々(二)「他山の石」発行の遠因
- 03 ・勇気あるジャーナリスト・桐生悠々(三)「三猿の世界と死の世界」
- 04 ・勇気あるジャーナリスト・桐生悠々(四)「顛落自由主義」
- 05 ・勇気あるジャーナリスト・桐生悠々(五)「天祐の日本」
- 06 ・勇気あるジャーナリスト・桐生悠々(六)「皇軍を私兵化して国民の同情を失った軍部」
- 07 ・勇気あるジャーナリスト・桐生悠々(七)「五・一五事件に対する当局の謬見」
- 08 ・勇気あるジャーナリスト・桐生悠々(八)「軍勅明徴問題」
- 09 ・勇気あるジャーナリスト・桐生悠々(九)「言論自由の再実現」
- 10 ・勇気あるジャーナリスト・桐生悠々(十)「(二・二六)東京事件の遠因」
- 11 ・勇気あるジャーナリスト・桐生悠々(十一)「言いたい事と、言わねばならない事と」
- 12 第六部 勇気ある議会人 齋藤隆夫
- 13 ・第六七帝国議会・勇気ある議会人・ 河野一郎(立憲政友会)
- 14 ・第六九帝国議会、勇気ある議会人・齋藤隆夫(立憲民政党)(二)
- 15 (参考文献)
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