自己啓発
コロナ、それでも僕は生きている!
2009年派遣切り不況時会社倒産〜2021年コロナ禍でも生き延びているコツと奮闘記
ISBN
978-4-8150-3000-1
発売日
2021年11月8日
ページ数
80ページ
出版社
デザインエッグ
内容紹介
2009年12月派遣切り不況時に、22年間務めていた画廊会社が倒産。
無資格、キャリア無しの43歳がデフレ不況荒れ狂う世間の荒波に放り出されてから、2021年コロナ不況の中でも生き延びている、現在54歳のコツと奮闘記。
2010年就活開始するも、希望する商品管理や事務の仕事は少なく、書類選考で落ち、殆ど若者に仕事を取られる始末。
これから、どうすれば生きていけるかの奮闘が始まった。
さあ、43歳のおじさんはどうする?
サバイバルで丸腰のおじさんが取った最初の行動とは?
そして2021年コロナ不況、巷では215万人の失業者があふれている中でも、生き延びているコツとは?
54歳でも仕事は必ずゲット出来る!
若い人なら尚更ゲット出来る!
行く先は希望だらけ!
私の笑える失敗を見て、もっとこうすれば良かったのにと思ってくれたら嬉しい。
とにかく、ちょっとしたコツを知れば、生きていける希望を感じるでしょう。
そのコツを惜しみなくダダ漏れ状態でお伝えします!
無資格、キャリア無しの43歳がデフレ不況荒れ狂う世間の荒波に放り出されてから、2021年コロナ不況の中でも生き延びている、現在54歳のコツと奮闘記。
2010年就活開始するも、希望する商品管理や事務の仕事は少なく、書類選考で落ち、殆ど若者に仕事を取られる始末。
これから、どうすれば生きていけるかの奮闘が始まった。
さあ、43歳のおじさんはどうする?
サバイバルで丸腰のおじさんが取った最初の行動とは?
そして2021年コロナ不況、巷では215万人の失業者があふれている中でも、生き延びているコツとは?
54歳でも仕事は必ずゲット出来る!
若い人なら尚更ゲット出来る!
行く先は希望だらけ!
私の笑える失敗を見て、もっとこうすれば良かったのにと思ってくれたら嬉しい。
とにかく、ちょっとしたコツを知れば、生きていける希望を感じるでしょう。
そのコツを惜しみなくダダ漏れ状態でお伝えします!
著者紹介
こんにちは。私は小原聖人と申します。
岩手県花巻市に長男として生まれました。
そうです、あの野球の大谷翔平を輩出した所です。
高校までは地元の学校に通い、卒業して就職の為に上京しました。
配属は吉祥寺の飲食店でウエイターから、私の仕事人生が始まりました。
それから20歳の時に画廊の商品管理として務めました。
そして、長年務めていた画廊時代に結婚し、男の子に恵まれ33歳で家を買い、今も八王子に住んでいます。
トイプードルも飼って、ショッピングや日帰り旅行にはバスツアー、毎週末には外食にと人生を謳歌していました。
その頃はバブル崩壊後で多少不況でしたが、それなりに絵画や陶器の美術品が売れており順風満帆でした。
まさか、会社が倒産するとは思っていませんでした。
業績は徐々に悪化していきました。
その原因は不況により上流層が中流層になり、年収600万円以上の中流層が下落して少なくなった事に有ります。
画廊業界では、バタバタと倒れ銀座の画廊が店を畳み始めました。
我が社も耐えましたが、遂に終焉を迎えました。
画廊が倒産してからは、オフィスワークで働くのですが、無資格、無キャリアで運と人柄だけで常に仕事をゲットしてきました。
諦めないで、必ず仕事をゲットするという強い思いで派遣切り不況も、デフレ不況も、リーマンズショック不況もコロナも生き延びています。
それは、出勤率100%を死守していたからだと思います。
それと自分の良さを最大限に職場でアピールする事が次の仕事に繋がっていきます。
こうしてコロナ禍の今も生き延びて、皆さんの就活等にお役に立てればと思いペンを取った次第です。
岩手県花巻市に長男として生まれました。
そうです、あの野球の大谷翔平を輩出した所です。
高校までは地元の学校に通い、卒業して就職の為に上京しました。
配属は吉祥寺の飲食店でウエイターから、私の仕事人生が始まりました。
それから20歳の時に画廊の商品管理として務めました。
そして、長年務めていた画廊時代に結婚し、男の子に恵まれ33歳で家を買い、今も八王子に住んでいます。
トイプードルも飼って、ショッピングや日帰り旅行にはバスツアー、毎週末には外食にと人生を謳歌していました。
その頃はバブル崩壊後で多少不況でしたが、それなりに絵画や陶器の美術品が売れており順風満帆でした。
まさか、会社が倒産するとは思っていませんでした。
業績は徐々に悪化していきました。
その原因は不況により上流層が中流層になり、年収600万円以上の中流層が下落して少なくなった事に有ります。
画廊業界では、バタバタと倒れ銀座の画廊が店を畳み始めました。
我が社も耐えましたが、遂に終焉を迎えました。
画廊が倒産してからは、オフィスワークで働くのですが、無資格、無キャリアで運と人柄だけで常に仕事をゲットしてきました。
諦めないで、必ず仕事をゲットするという強い思いで派遣切り不況も、デフレ不況も、リーマンズショック不況もコロナも生き延びています。
それは、出勤率100%を死守していたからだと思います。
それと自分の良さを最大限に職場でアピールする事が次の仕事に繋がっていきます。
こうしてコロナ禍の今も生き延びて、皆さんの就活等にお役に立てればと思いペンを取った次第です。
目次
- 00 はじめに
- 01 2009年派遣切り不況で会社もついに倒産!43歳これからどうする?
- 02 2010年4月、正社員で入社!しかしそこは始めて見る雀荘の世界だった!
- 03 2010年9月、次に働いたのが、何と、お墓のコールセンター!
- 04 2010年12月、年末の通勤時に事故に遭い、正月早々入院するハメに!
- 05 2011年3月、全治6ヶ月のリハビリのために、夜勤で臨床検査の会社へ入社!
- 06 2013年4月、大手印刷会社の工場で事務を始めたが、そこは地獄の入り口だった!
- 07 2015年4月、大手通信会社で事務として勤務したが、そこのSVとLDが....
- 08 2018年11月、地元の建設請負会社で念願の正社員として事務をするも、現実は何と....
- 09 2019年5月、赤坂拠点のビル設備管理会社で慣れない点検、検針、立会、緊急対応を始めたが
- 10 2021年5月、コールセンターに勤め、最盛期35人位が縮小で8人になり、でも生き延びている!
- 11 2021年11月以降どうなる?既に54歳だが必ず生き延びる!私は運と、ある秘訣が有るから!
∞books-ムゲンブックス ― 紙の本が無料で出版できる時代